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<陝西省──米脂の女、綏徳の漢>

「美人の産地」なんて言い方がある。
「紀元前から経済力で他を圧した蘇州は富豪が大厦をならべ、その経済力の基盤に、多様な文化が発展した。美人という文化もそうである。(司馬遼太郎『街道をゆく』「江南のみち」)」。
 繁栄と歓楽が美人を作る?
 一理あるのかも知れぬ。
 で、実際に蘇州へ行ってみると……街が美人で溢れ返っている、というわけではない。どうも、繁栄と歓楽イコール美人ということにはならないようだ、と合点する。
「重慶は美人の産地」と言う人もいる。
 重慶は湿度が高い。肌が潤いをもつ。さらには辛いものを食べる。唐辛子や山椒をタップリ。それが新陳代謝を早め肌は更にキメが細やかになる。一理あるのかも知れぬ。
 で、実際に重慶に行ってみる……美人しかいない、というわけではない。どうも、麻婆豆腐を食べていれば美人になる、いうものではないらしいと合点する。
 しかし、そもそも美人とは何だろう。「美人の里」という意味での「美人」など存在しないのかも知れない。美人というのは、もっと実存的・実感的な有り様であって、たいていの女性は美人なのだ、という言い方の方が真理に近いのではなかろうか。

 何の話をしたいか、というと「米脂」と「綏徳」の話である。米脂と綏徳。ご存じだろうか。ともに陝西省にある。内蒙古自治区の包頭から楡林、延安を経由して西安まで車で走ったことがある。およそ七百キロ。これが凄い。ずっと黄土高原の中。走っても走っても黄色い大地が延々と続く。黄土高原の面積は八十五万平方キロという。日本の総面積の二倍を優に超える。
 元々は平らな台地であった。それが何百万年もの間の風や雨による浸食で削られ、幾段もの段差のある台地になり、更に縦に無数の谷のような亀裂を刻むことになったと言う。壮観にして奇観。その複雑な地形を縫うように、くねるように道が続く。
「中華民族の祖」とされる黄帝も、聖帝と仰がれる尭も舜も禹もこの地に興きた。中華文明もここに発祥した。黄河を黄色くするのもこの大地だ。その大地には木もない。草もない。不毛の地。そこにもポツンポツンと村落がある。そして、農民がいる。女が鍬で黄土をたたいている。男がバケツを二つ天秤棒に担ぎ、深い谷に水を汲みに行こうとしている。この乾ききった大地にバケツの水を二杯まいてどうなるというのか。見ている方が悲しくなる。
 米脂という町は、こんな黄土高原のただなかにある。日本人には馴染みのない地名かも知れない。ただ、中国人ならだれでも知っている。何で有名かというと、これが何と、美人で有名なのである。その日の食糧、その日の水に苦しんでいる土地である。美人だってなんだっていいじゃないか、と思うのだがそうでもないらしい。
 古来、美人を多く産してきた、その代表が、三国演義に出てくる貂嬋なのだという。中国四大美人のひとり。董卓の愛妾でありながらその養子の呂布を誘惑し二人の中を裂き、呂布に謀反を起こさせる、「連環の計」と言ったか、あの貂嬋である。
 その米脂からさらに二、三十キロ行くと、綏徳の町がある。「美男子の里」なのだそうだ。こちらは呂布の出身地であるという。そう、三国演義の呂布はカッコイイ。「人中の呂布、馬中の赤兎」。身の丈二メートルを超える堂々たる美丈夫。意気は天をつき、方天画戟を手にすれば天下無双。三国志のなかでも最強の武将ではあるが、劉備、関羽、張飛の三人を相手に戦う姿にも、董卓を殺す姿にも孤独にして自滅的な男の美学が漂う。

 米脂は美女ばかりだったか?
 綏徳は美男子ばかりだったか?
 そんなことよりも、私は別な感慨に浸っていた。主役は美女でも米脂でも貂嬋でもない、大地なのではないだろうか、と。
 ヒドイものだ。木もない草もない。黄土の大地があるだけだ。そこから這いだしてきた貂嬋と呂布が「三国志」という劇を織りなし、歴史を動かして行く。そして、千二百年たった今でも大地は黄色いだけで、人々はそこで切なくも土を打ち、悲しくも谷底に水を汲みに行く。それでも、やはり、中華文明の発祥の地であることにかわりはない。黄河の水を黄色く染めていることにかわりはない。中国という空間、中国という時間。それらを凝縮したように黄土の大地が広がっている。その大地が主役なのではないだろうか。
 米脂が美女を生むのではない。綏徳が美男子を生むのでもない。大地が貂嬋を生み、その貂嬋が米脂を生む。大地が呂布を生み、呂布が綏徳を生む。
「美人の産地」とは、そういうことではないだろうか。

(「トコトコ」2003年11月号に掲載)


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