* 北京胡同物語・春は黙って駆け抜けて *


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<柳の下で胡弓を弾く人、泳ぐ人>

 柳が芽を吹く。嬉しくて、それが見たくて朝から街を歩き回る。すると、幾つかの発見がある。
 先ずは、この街の至る所に柳があるということ。勿論、夏にも秋にも冬にも柳はあるのだ。ただ、「ああ、この街にはこんなにいっぱい柳の木があったんだ」、と気が付くのは、一年のなかで、この一、二週間だけのことである。他の木々が芽を吹く前のこの時期。人々は、生まれたての淡い緑を、眼を洗われるように仰ぎ見る。眼の至福……。柳の至幸……。
 実際、この街には柳が多い。
 建国門の大使館街では衛兵が、厚いコートで身を包み直立不動の姿勢で、柳の下に立っていた。とある胡同ではひとりの老人が柳の新緑の下で酔ったように胡弓を弾いていた。故宮の壁沿いのお堀では、柳の葉が細かい漣の上に影を映して揺れていた。戸外の床屋も柳の下だ。天安門の赤旗が南風にはためくところ、そこに煙るように淡い緑を漂わしているのも柳だった。水辺の柳を見ようと玉淵潭公園に行ってみたら、芽吹きはじめた柳の下では、何と、泳いでいる人がいた。まあ、いつ泳ごうとその人の勝手だが。
 まだ明けやらぬ公園でひとりの老人が太極拳をやっていた。ふと気が付くと、それも柳の木の下だ。眼にはさやかには見えないが、昨日今日吹き出したばかりの新しい芽に違いない。白っぽい小片が冷たい風に揺れている。
 次の発見は、これはすぐに気が付くことだが、柳に二種類あるということ。
 大使館の塀越しに新緑を見ている。葉の色も同じに見える。まだ芽吹いたばかりだが、形も同じに見える。ただ、枝の形が違う。一方は枝が垂れている。日本で見る柳だ。もう一方は枝が、上に向かって伸びている。衛兵に尋ねてみる。
 日本の柳を指して、これは、なんの木ですか?
「柳樹」
 そうだろうとも。「では」、と上に向かっているのを指して、あれは?
「柳樹」
 でも、違うじゃん。
「これは垂柳、あれは楊柳。柳には二種類あります」
 なるほど。帰って辞書を調べたら彼の言うとおりだった。それにしても、そんなことに気が付くのも、この時期だけのことだ。
 もうひとつの発見。こちらは、足を棒にして何日か歩き回らないと気が付かない。
 柳の新緑が目に滲みるように美しいのは、朝の光のなかだ、ということ。これは、大使館の柳でも天安門の柳でも同じだ。経験的にそう思った。「渭城の朝雨軽塵をうるおし 客舎青青柳色新たなり」。王維の柳が朝であるのも故なきことではないのだ、と。勿論、これに気が付くのも、今の時期だけに決まっている。朝の光が柳の新緑の葉の重なりを透かし、様々な模様をつくる。薄い葉を透かしてくる朝の光の何というほのやかさ。葉脈までもが見えそうだ。葉を通過したあとの光の色は緑に変わってしまっているようだ。光が美しいのだろうか? 若々しい葉の薄緑が美しいのだろうか?


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