《巡礼》

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(3) 団体巡礼旅行

 巡礼がいつもひとり、あるいは数人の少人数で行われるとは限らない。団体の巡礼もある。私たち日本人がいうツアーである。大まかなスケジュールも参加費用も決まっているし、ツアー・コンダクターもいる。トラックをチャーターしての、バスツアーならぬ、トラックツアーである。
 日本のツアーと一番違っているのは、彼らが少しも快適さを要求しない、ということだろう。何と良いお客であろう。真冬のチベットをトラックは荷台に人を鈴なりにして疾走する。がたがた道はどんなにきつかろう。幌もないトラックにぶら下がっている身はどんなに冷たかろう。でも、文句ひとつ言わない。
 もちろん、ホテルなんかには泊まらない。持参のテントで野宿をする。暖房もお風呂もモーニング・コールもなり。
 甘粛省のラブロン寺で出会ったトラック・ツアーは四川省のカンゼ(甘孜)州セータル(色達)というところから来たという。そこから川蔵公路で、先ず、ラサに行きジョカン(大昭寺)に詣でた。その後、シガツェへ寄ってから、青蔵公路を西寧へ。タール寺、隆務寺というチベット仏教の聖地を経巡り、いま、ラブロン寺にいる。これから、ゾルゲ(若爾蓋)を経て、セータル(色達)に帰るという。
「何キロ走ることになるのです?」
 トラックに山積みの荷物を縛りなおしているおじいさんに尋ねると、そういうことなら此奴に聞け、とばかりに近くのサングラスをかけた若者を顎で示した。そのサングラスが答えてくれる。
「7000キロ」
 7000キロ? 四川、チベット、青海を廻るだけで、そんなに長い距離になるだろうか。東京〜博多で1000キロちょっと。北京〜ラサでも4000キロだ。それに、7000キロをこのトラックに揺られて廻るのは、あまりに酷だ。
 その時は半信半疑だったが、後で地図を見ると、確かにそのぐらいの距離になりそうなことが分かった。サングラスのお兄さん、疑ったりしてごめんなさい。
「何日かかります」
「50日」
「何人です」
「43人」
 このトラックに43人乗るのは大変だ。なかに座を確保できた人はともかく、端っこの人なんか、半分身体が出ちゃっているのじゃない。うっかりしていると、振り落とされちゃう。
「誰がどうやって集めるんです」
「オレがトラックをチャーターして、みんなに声を掛けた」
 なるほど。彼がオーガナイザー兼添乗員というわけだ。
「費用は?」
「ひとり千元」
 千元といえば、北京の平均月給だ。安い? 高い? まあ、これでトラックに乗れて、50日間旅行ができれば安いのだろう。もっとも、先ほども言ったように、泊まるのはテントの持参だ。食事はどうするのかと思ったら、これも、各自がツァンバを持ってきているだそうだ。だから、千元というのは、トラック代ということだ。

 スゴイなぁ。そう思って改めてトラックを眺める。ボロボロだ。これでよく走るな。5000キロとか、7000キロとか言う前に、走ること自体が不思議なくらいだ。それに、積み荷も多いネ。テントや食料を積んでいることが分かったが、それにしても、多すぎない。もっと減らせば、座る方も楽なのに。トラックの後ろにぶる下がっている汚い袋を指さして、サングラスのお兄さんにそういうと、怒るように言い返されてしまった。
「人がこぼれ落ちてもなんて言うことはないけど、これをなくしたら大変だ」
 汚い袋の中身は、仏に捧げるバターなのだそうだ。そう言えば、チョカン(大昭寺)でもタール寺でもラブロン寺でも寺の中にはあちこちに燈明が焚かれている。燈明にはヤクのバターが使われる。そのバターは、毎日きびすを接して訪れる巡礼が捧げてゆくものだ。バターが尽きることはない、燈明が消えることはない。そのバターがこれなのだ。
「なるほど……」
 ともかくも、彼らの道中が無事でありますように。トラックが無事完走できますように。悪路に振り落とされることがありませんように。風邪をひきませんように。願うように、思う存分バターが捧げられますように。


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